1721年の江戸。町人は男百人に対して、女が五十五人ほど。 独り身の男があふれた町で、男たちは何を食べていたのか。 「長屋には台所がないから、独身男はみんな外で食べていた」とよく言われます。 でも九尺二間の裏長屋にも、土間にかまどと流しはありました。 朝に一日分の飯を炊き、昼と夜は冷や飯。おかずは町の四文屋で買う。 家と町を一つの自宅のように使った、江戸の独り身男の暮らしを追います。 後半では、手打ちそば屋をやっている私の店の、一人で来るお客さんと駐車場の話もしています。 蕎麦を打つ手元の映像に、そば屋の語りを乗せています。 【数字について】 男女の数は町人だけの記録です(武士・寺社は含みません)。 1721年 男323,285人・女178,109人。1843年は男百人に女八十九人、1867年はほぼ同数です。 【主な出典】 ・堀口茉純「江戸は外食天国だった!」PHPオンライン https://shuchi.php.co.jp/article/3261 ・Wikipedia「江戸の人口」(撰要類集・天保撰要類集・鎮台府一件) ・深川江戸資料館 資料館ノート第114号 ・橋本直樹「日本食の伝統 82 江戸の長屋の食生活」 https://www.mealtime.jp/shokublog/naohashi/2015/05/post-216.html ・柴村盛方『飛鳥川』(1810年・四文屋) ・日本麺類業団体連合会「そばの散歩道」 ・守貞謾稿(そば一杯十六文・江戸のそば屋3,763軒) #そば #蕎麦 #江戸時代 #食文化史 #歴史雑学
1721年の江戸。町人は男百人に対して、女が五十五人ほど。 独り身の男があふれた町で、男たちは何を食べていたのか。 「長屋には台所がないから、独身男はみんな外で食べていた」とよく言われます。 でも九尺二間の裏長屋にも、土間にかまどと流しはありました。 朝に一日分の飯を炊き、昼と夜は冷や飯。おかずは町の四文屋で買う。 家と町を一つの自宅のように使った、江戸の独り身男の暮らしを追います。 後半では、手打ちそば屋をやっている私の店の、一人で来るお客さんと駐車場の話もしています。 蕎麦を打つ手元の映像に、そば屋の語りを乗せています。 【数字について】 男女の数は町人だけの記録です(武士・寺社は含みません)。 1721年 男323,285人・女178,109人。1843年は男百人に女八十九人、1867年はほぼ同数です。 【主な出典】 ・堀口茉純「江戸は外食天国だった!」PHPオンライン https://shuchi.php.co.jp/article/3261 ・Wikipedia「江戸の人口」(撰要類集・天保撰要類集・鎮台府一件) ・深川江戸資料館 資料館ノート第114号 ・橋本直樹「日本食の伝統 82 江戸の長屋の食生活」 https://www.mealtime.jp/shokublog/naohashi/2015/05/post-216.html ・柴村盛方『飛鳥川』(1810年・四文屋) ・日本麺類業団体連合会「そばの散歩道」 ・守貞謾稿(そば一杯十六文・江戸のそば屋3,763軒) #そば #蕎麦 #江戸時代 #食文化史 #歴史雑学